みんなして寄ってたかって個人を叩く時代に適応して、叩かれる側も抗体(抵抗力)を持ちつつあるんじゃなかろうか。
炎上商法などは代表例だし、究極はドナルド・トランプ大統領の誕生ではないかと思う。
ココで出す例えとしては適切でないかもしれないが、耐性菌やゴキブリが強くなりすぎたのは(手に終えなくなったのは)、叩き方にも問題があったということを示している。
新聞社もその昔「ペンの力」という言葉もあった時代とは打って変わってほとんど影響力がない。
そのうちTwitterのつぶやき程度(一記者の一意見的な)にしか受け止められなくなるんじゃないかと感じている。
政治家は聖人君子を求められる社会環境にあるが、実際世間では正誤や真偽、正常・異常を決めたがらない何でも自由の時代なので、終いには何を言っても「それはアナタの意見であって」で片付けられてしまう気がしてならない。
何かを求めた結果何か(またはソレ以上の何か)が壊れていく。
両立できる落としどころを見いだせない社会自体が根本的な構造欠陥を抱えていると言えるんじゃなかろうか。